2020年 8月の法語・法話

念仏もうすところに 立ち上がっていく力が あたえられる

I say the Nembutsu. I am enabled with the power to continue living.

西元 宗助(にしもと そうすけ)

法話

 「今朝も目が覚めましたよ。おはようございます。なんまんだぶ」
 そう言いながらお仏飯をあげ、朝のお勤めをするのが弘子の日課である。お勤めの本はもうボロボロでところどころページが欠けているが、「正信偈」や「讃仏偈」、「重誓偈」のお勤めは身体が覚えているので、弘子にとってはどうでもいいことだった。お勤めは「正信偈」。
 「きーみょーうむりょーうじゅにょらいー」
 弘子は、3歳からこの家で祖父母に育てられた。24で結婚。四人の子どもを授かったが、夫は35歳で亡くなった。
 「おうじょうあんらっこー なんまんだぶ なんまんだぶ」
 お勤めが終わったら朝食。たいていはご飯とお味噌汁とお漬物。
 明後日8月13日が夫の50回忌。
「明日は久しぶりに子どもや孫たちが帰ってきますよ。もう随分と大きゅうなったことでしょう。そいから先月長男の光明が亡くなりました。がんやったとですが、最後はよかったよかったと往生しました。あ、もうそっちで会われとるでしょうけん、もうご存じやったですね。よろしくお願いします。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 お仏壇の阿弥陀さまに向かって話をする弘子は、今年で85になる。
 「明日は久しぶりにご馳走ば作りますよ。子どもたちの大好きなお刺身とこの田舎で育てた美味しいお米と、お魚のあら炊きも。孫たちには美味しか佐賀牛も買っとこうかね。お魚の食べれん子もいたはず。うちで採れたお野菜もたくさんあります。なんまんだぶなんまんだぶ」

 4人の子はそれぞれ都会へ出て、家庭を持ちお念仏を相続して暮らしている。とうとう最後は一人暮らしになった弘子である。
 「子どもたちも滅多なことでは帰ってきませんよ。普段は連絡もなかとです。子どもは親のことは忘れ通しですね。私も自分の調子の良かときは忘れとりました。お恥ずかしい。ついつい愚痴も出てくるとです。なんまんだぶなんまんだぶ。でも子どもたちが帰ってくるとは、やっぱり嬉しかですね。顔ば見ただけで、ああ良か人生ば送らせてもらったと思います。苦労はいろいろあったばってん、阿弥陀さまのご苦労ば聞かせてもらって、かわいか孫ば見たら、自分の苦労なんか吹っ飛ぶんやけん。あなたが早う死んだとも、手ば合わせる生活ば子どもたちに教えるためやったとですか?私が母の死から教えられたように、あたりまえのものなんかこの世の中にはなんもなか、ありがとうば大切にしんしゃい、なんまんだぶば大切にしんしゃい、そういうご縁をくださったんかもしれませんね。言葉やなくて、私たちの人生そのもので、感謝の日暮らしにお育ていただきました。ありがとうございます。なんまんだぶなんまんだぶ」
 弘子はこの歌を口ずさみながら掃除をするのが大好きだった。

ひとりじゃなかもん み仏と いっしょに朝食いただいて
ひとりじゃなかもん み仏と よもやま話に花さかせ
ひとりじゃなかもん み仏に 不平も愚痴も話します
ひとりじゃなかもん み仏は 笑ってうなずきなさいます
(「ひとりじゃなかもん」作詞・佐藤キナ、作曲・田中美根子)

 家中を掃除して、お仏壇を掃除して、打敷をかけて、お花を生けて、お灯明を用意して、きれいにお荘厳。そんな弘子が仏さまを見上げると、こころなしか仏さまは、笑っていらっしゃるように見えるのだ。

荻 隆宣(おぎ りゅうせん)

浄土真宗本願寺派布教使、仏教青年連盟指導講師、グラフィックデザイナー、山口県長門市浄土寺住職。。

  • 本願寺出版社(本願寺派)発行『心に響くことば』より転載
  • ※ホームページ用に体裁を変更しております。
  • ※本文の著作権は作者本人に属しております。

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