1999(平成11)年の法語
| 表紙 |
真宗の修行は一生の聞法である |
正親含英 |
|---|---|---|
| 1月 | 一日は一日一日新しい いのち尊し |
竹部勝之進 |
| 2月 |
体温(ぬくもり)をもった言葉は必ず相手を包み相手に響いてゆく |
松本梶丸 |
| 3月 |
仏は遠い存在だけでなく そのまま近い存在である |
梅原真隆 |
| 4月 |
一人であって 一人ではないのです |
高 史明 |
| 5月 |
生かされていることに気づこうとしない自分に気づく |
井上信一 |
| 6月 |
自分の努力で仏になると考えるのは人間の憍慢心である |
武邑尚邦 |
| 7月 |
逃げても逃げても救われる 救われるのに逃げている |
桐渓順忍 |
| 8月 |
ただ如来のまちうけ下さるを よろこぶべし |
足利義山 |
| 9月 |
仏によって知らされた姿が 煩悩具足の凡夫 |
井上智勇 |
| 10月 |
自己を知ることは仏を知ることでございます |
九條武子 |
| 11月 |
念仏とは人を尊敬することから始まる |
竹中智秀 |
| 12月 |
愛される値うちのない私が大きな慈悲の手に抱かれている |
高千穂徹乗 |