酒門の善重寺さかどのぜんじゅうじ

住所

茨城県水戸市酒門町2096-2


交通アクセス

●バスの場合
JR水戸駅北口バスターミナル3番乗場より、関鉄バス(東部工業団地行き又はけやき台団地行き)。
又は茨交バス53番(涸沼、明光中行き)に乗車。
「酒門坂上」で下車、徒歩2分。
●タクシーの場合
JR水戸駅南口よりタクシーで3km
●車の場合
北関東自動車道水戸南ICより3.5km

駐車場

有り 25台駐車可、大型バス・マイクロバス駐車可

由緒

開基・善念房は常陸の名勝桜川の上流で、鹿島神宮からお帰りの聖人と出遇った。善念は武功あがらぬ鎌倉武士であったが、聖人を背に負い渡川してさしあげたことが勝縁となり、勧化を被ったという。

門弟の列に加わった善念は、俗名の義重と善信(親鸞)の名から二字を取った寺号「善重寺」を賜り、1232(貞永元)年、一宇を建立した。まもなく、寺基は笠間から久慈川門辺へ移り、その後江戸時代まで転々としたが、1667(寛文7)年、現在地へ徳川光圀(二代藩主)により中興された。

光圀は就封初年(1661(寛文元)年)より藩内の真宗再興に取り組んだが、その折、当寺十五代念了は、本山宗主の琢如と光圀との申次役を果たし、続いて、常如・一如の代も引き続き間を取り次いだので京都・江戸・水戸を盛んに往来した。それから、善重寺は代々触頭を幕末まで任じたが、1868(明治元)年、天狗党の藩闘で全ての伽藍を兵火で焼亡してしまうに至った。しかし法宝物類什物等は奇跡的にも難を逃れた。

現在の境内には光圀寄進の聖徳太子像(鎌倉時代の作)が安置された八角堂(本堂の南側)があるが、この尊像は岡倉天心らの来訪・調査により、1915(大正4)年に国寶に指定され、現在は国の重文に指定されている。他に市指定文化財の聖徳太子絵伝断簡と阿弥陀如来来迎図や、恵信尼公絵像を蔵している。

拝観時間

9:00~16:00

お問い合わせ先

TEL 029-247-5057 FAX 029-247-5064

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